大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 平成6年(う)103号 判決 1994年6月21日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中五〇日を原判決の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人岩城和代作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

第一  控訴趣意第一点(法令適用の誤りの主張)について

所論は、要するに、原判決は、原判示第一、第四ないし第六の各事実(以下「本件窃盗」という。)に関し、被告人が、山陽新幹線「こだま号」三号車の電話コーナーに備え付けのテレホンカード自動販売機(以下「販売機」という。)からテレホンカードを取り出した行為をもって窃盗罪に当たる旨判示しているが、被告人は、テレホンカードを販売機から購入するのと同じ方法によって取り出したにすぎず、その際被告人が販売機に挿入した千円札が、その直前に被告人が販売機から盗み出したものであることからすれば、被告人のテレホンカードの取り出し行為は、せいぜい千円札に対する窃盗罪の不可罰的事後行為となるにすぎないと解されるから、原判決には法令の解釈適用を誤った違法がある、というのである。

原判決挙示の関係証拠によれば、被告人が本件窃盗に及んだ手順は、次のとおりであることが明らかである。すなわち、被告人は、まず販売機の前蓋上部に所携のドライバーを差し込んで前蓋をこじ開けた後、現金収納箇所に入っている千円札を全て盗み出し、次いで一旦前蓋を閉めた上、販売機から盗み出していた千円札を同機の「一〇〇〇円札入口」から順次挿入してテレホンカードを取り出し、その後再び前蓋を開けて現金収納箇所に入っている千円札を全て取り出した(原判示第五の事実、以下、この手順によるものを「基本パターン」と呼ぶ。)というものであり、その途中で人が来るなどの邪魔が入った場合には、テレホンカードの一部を取り出した段階で一旦電話コーナーを離れ、その後再び同コーナーに戻って来て基本パターンを繰り返し(同第一の事実)、あるいは基本パターンを終えて一旦電話コーナーを離れ、その後再び同コーナーに戻って来て販売機から盗み出していた千円札を「一〇〇〇円札入口」から挿入して、販売機に残っていたテレホンカードを取り出し、最後に前蓋を開けて現金収納箇所に入っている千円札を全て取り出した(同第四及び第六の各事実)というものである。そこで、まず、基本パターンにおけるテレホンカードの取り出し行為が窃盗罪に当たるかどうかについて検討するに、関係証拠によれば、被告人が販売機からテレホンカードを取り出すために右のような方法を採ったのは、販売機の前蓋を開けた状態のままでテレホンカードを取り出す方法が分からなかったからであり、被告人としても、テレホンカードを取り出すために販売機の「一〇〇〇円札入口」から挿入する千円札は、テレホンカードを取り出した後で再び販売機内の現金収納箇所から回収する意図であって、決してテレホンカードを購入する代金として販売機に挿入したものではなかったこと、しかも、被告人が、販売機の前蓋をドライバーでこじ開けた時に、前蓋のストッパーの役目を果たしている金属性の鎖錠棒が外れているだけでなく、前蓋を閉じる前に被告人は必ず鎖錠棒を販売機から取り外しているため、その後は何時でも容易に販売機の前蓋を開けて料金収納箇所に入っている千円札を取り出すことができる状況にあったことが認められる。このように、被告人が販売機の「一〇〇〇円札入口」から挿入した千円札は、あくまでも同機からテレホンカードを取り出すための道具として使用されたものにすぎず、被告人としては何時でも容易に販売機から回収できる状況にあったことからすれば、被告人が販売機の「一〇〇〇円札入口」から千円札を挿入してテレホンカードを取り出した行為をもって、所論のように、テレホンカードを販売機から購入する時と同じであるとみることはできない。しかも、販売機をこじ開けて盗み出した千円札を使用して同機内に収納されているテレホンカードを取り出した被告人の行為は、同機内の現金収納箇所に入っていた千円札に対する西日本旅客鉄道株式会社の所有及び占有に対する侵害とは別個のものであって、同機内に収納されているテレホンカードに対する同社の所有及び占有を新たに侵害するものであるから、被告人の右行為をもって千円札に対する窃盗罪の不可罰的事後行為であるとみることはできず、右行為はテレホンカードに対する窃盗罪を構成するというべきである。また、右に説示したような事情は、基本パターンの変形に過ぎない原判示第一、第四及び第六の各犯行においても共通している上、被告人が各犯行に及んだ当時新幹線「こだま号」はいずれもダイヤどおりに走行中であって、被告人が一時期電話コーナーを離れたからといって、その間に被告人が前蓋をこじ開けた販売機に対する従業員らの点検等が行われる予定はなかったことをも併せ考えると、テレホンカードを所有しかつ占有している西日本旅客鉄道株式会社と被告人との関係は基本パターンの場合と同一であるといえるから、原判示第一、第四及び第六の各犯行について同第五の基本パターンの場合と異なる解釈をとる必要はないと考えられる。そうすると、右説示と同趣旨のもとに、被告人が販売機からテレホンカードを取り出した行為について窃盗罪の成立を認めた原判決に法令の解釈適用を誤った違法はなく、論旨は理由がない。

第二  控訴趣意第二点(量刑不当の主張)について

所論は、要するに、被告人を懲役二年六月に処した原判決の量刑は重すぎて不当である、というのである。

そこで、原審記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討するに、本件は、被告人が、生活費等を得る目的で、平成五年一一月二日及び八日の両日、五回にわたり、山陽新幹線「こだま号」三号車の電話コーナーに備え付けの販売機から、前述した方法で現金合計二四万九〇〇〇円及びテレホンカード合計一九九枚(時価合計一九万九〇〇〇円相当)を窃取した(原判示第一、第三ないし第六の各事実)ほか、販売機内から現金等を窃取しようとしたが、近くに乗客が集まって来たため、その目的を遂げなかった(同第二の事実)という事案であって、その犯行の態様は巧妙かつ悪質である上、被害金額も決して少なくない。しかも、被告人において全く被害弁償をしていない上、被害会社の関係者らは被告人に対する厳重処罰を求めている。また、被告人は、平成四年一二月に、窃盗の罪で懲役一年、三年間刑執行猶予に処せられているのであるから、以後は十分自戒し身を慎むべきであったのに、その後もアルバイトをした程度で生活費等に窮するや、平成五年四月ころから鉄道マニアの知識を悪用して本件と同じ手口による犯行を重ねたあげく、各犯行に及んでおり、本件は常習的な犯行といわざるを得ない。更に、本件当時の被告人の生活態度は芳しいものではなく、被告人の規範意識も希薄であると窺われる。これらの事情を併せ考えると、被告人の刑事責任を軽視することはできない。

そうすると、原判示第二の犯行は未遂に終わっていること、同第六の被害金品は、被告人が現行犯人として逮捕されたため、全て被害会社の手元に戻っていること、被告人は、今では本件各犯行に及んだことを反省し、今後働いて被害会社に弁償したい旨述べていること、原審において、被告人の母親が勤務している会社の社長が、被告人のためにわざわざ出廷し、被告人が真面目に働くならば雇用してその更生に協力していきたい旨述べており、被告人も、今度こそは右会社で真面目に働いていく旨誓っていること、本件において実刑判決が確定すれば、前記刑執行猶予の言渡しの取消しが予想されること、その他本件に表れた諸般の事情を被告人のために十分考慮に入れても、被告人を懲役二年六月の実刑に処した原判決の量刑は、その刑期の点においてもやむを得ないところであって、これが重すぎて不当であるとは考えられない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、刑法二一条を適用して、当審における未決勾留日数中五〇日を原判決の刑に算入し、当審における訴訟費用については、刑訴法一八一条一項但書により、被告人に負担させないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 池田憲義 裁判官 川口宰護 裁判官 林秀文)

別紙控訴趣意書

第一、テレホンカード取得行為に対する無罪の主張は、次のとおりである。

一、まず、本件を考えるにあたって、分かりやすくするために次の事例を通して本件の争点の説明をする。

新幹線A号に乗車し、電話機の設置された個室内のテレホンカードの自動販売機をドライバーでこじあけ、中の現金を取得した。その直後の駅で降り、別の新幹線B号に乗車し、右取得した現金を使って、テレホンカードの自動販売機を使ってテレホンカードを取得した。

右行為は、新幹線A号内で、取得した現金に対する窃盗罪が成立するのみであることは、通説・判例も認めるところである。

更に、に加えて、新幹線B号でテレホンカードを取得した後、右自動販売機をドライバーでこじあけて、テレホンカードを取得するために入れた一〇〇〇円札を取得した場合は、どうであろうか。

右行為は、新幹線A号内における取得した現金に対する窃盗罪と、新幹線B号内における取得した現金に対する窃盗罪とが成立するのみである。

右の場合について、新幹線B号内における行為にかえて、新幹線A号内の別のテレホンカードの自動販売機を使った場合にも、同様の結論であることに疑いはない。

新幹線A号内のA1のテレホンカードの自動販売機をドライバーでこじあけて現金を取得した後、一旦自席に戻り(この自席が右自動販売機の設置場所の直近であったか、車両をへた席であったかは、犯罪の成否にそれほど重要ではないと考える。何故なら、テレホンカードの自動販売機は、電話ボックス内に設置されており、車両の客席とは隔離された空間であるからである。)しばらくした後、同じテレホンカードの自動販売機A1に行き、当初A1の自動販売機より盗んだお金を使って、次々とテレホンカードを引き出し取得し、右行為後に差し入れた一〇〇〇円札を更に取得した行為が、全体として被害法益は何の窃盗罪になるのであろうか。

本件における原判決摘示の犯罪事実第一(検八八号)、第四(検八〇号)、第六(検三〇、同三一号)の行為について、右の争点が問題となる。

新幹線A号内のA1テレホンカード自動販売機をこじあけ、現金を取得した後、右現金を右自動販売機に次々と投入し、テレホンカードを引き出し取得し、その直後に投入した現金を更に取得した場合は、全体として被害法益は何の窃盗罪が成立するのであろうか。

本件における原判決摘示の犯罪事実第五(検八一号)について、右争点が問題となる。

なお、の形態は、犯罪事実第一の行為の後半自身、同第四の行為の前半自身、と後半自身、同第六の行為の前半自身と後半自身も同様の経過をたどっており、同一の争点が含まれる。

二、犯罪事実第一記載の行為に関する主張

行為の経過は、次のとおりである。

① 二号車の三号車寄りの席に座っていた。

② 三号車にある隔離された個室である電話ボックス内に設置されたテレホンカードの自動販売機をこじあけ、一〇〇〇円札で約三〇、〇〇〇円位取得し、ポケットに入れた。

③ 直後に、右一〇〇〇円札を約二〇枚位次々と自動販売機に入れて、テレホンカードを二〇枚位引き出し、取得した。

④ 人が来たので、右電話ボックスを出て二号車の自席に戻った。一〇分位いた。

⑤ 一〇分後に同じ自動販売機の設置された場所へ行き、中の現金約二〇、〇〇〇円位を取得した。

⑥ 右取得した一〇〇〇円札で次々とテレホンカードを引き出し、二〇枚位取得した。

⑦ 入れたお金をすべて取得した。

⑧ ②③により取得した現金、テレホンカードの枚数、⑤⑥で取得した現金、テレホンカードの枚数は、明確に立証されていない。しかし、右自動販売機よりなくなったものは、二八、〇〇〇円とテレホンカード四八枚である。

以上を前提とした場合、②の段階で、被害金額X1の現金窃盗罪が既遂に達している。③は②の不可罰的事後行為である。

⑤の段階で、被害金額X2の現金窃盗罪が既遂に達している。⑥は⑤の不可罰的事後行為である。

⑦の段階で、被害金額X3の現金窃盗罪が成立、既遂に達している

本件においては、右X1、X2、X3が明確に特定されていない。しかし、起訴された金二八、〇〇〇円についての窃盗罪が成立することは明らかである。

従って、本件において、テレホンカード四八枚を被害とする窃盗罪は成立せず無罪である。

三、犯罪事実第四記載の行為に関する主張

① 二号車に乗車し席をとった。

② 三号車に設置された個室空間としての電話ボックス内にあるテレホンカードの自動販売機をこじあけ、一〇〇〇円札で五〇、〇〇〇円を取得した。

③ 右直後、右一〇〇〇円札を次々に入れ、テレホンカードを引き出し取得した。

④ 入れた一〇〇〇円札をすべて抜き取った。

⑤ 客が来たので、電話ボックス横のデッキに出る。二、三分そこにいた。

⑥ 二、三分後、再び右自動販売機内に戻り、取得した一〇〇〇円札を次々に入れ、テレホンカードを取得した。

⑦ 入れた一〇〇〇円札をすべて取得した。

⑧ ③と④により入れた現金とテレホンカードの枚数、⑥と⑦により入れた現金とテレホンカードの枚数は特定されていない。しかし、右自動販売機より失くなったものは、現金五〇、〇〇〇円とテレホンカード一〇〇枚である。

以上を前提として考えると、②で、五〇、〇〇〇円の現金窃盗罪が完了、③は不可罰的事後行為、④は取得した現金X4の窃盗罪が成立する。

⑥も②の不可罰的事後行為である。⑦は取得した現金X5の窃盗罪が成立する。

X4とX5は特定されていない。しかし、起訴された金五〇、〇〇〇円についての窃盗罪が成立することは明らかである。

テレホンカード一〇〇枚を被害とする窃盗罪は成立せず、無罪である。

四、犯罪事実第五記載の行為に関する主張

行為の経過は、次のとおりである。

① 二号車に乗り、席にしばらくいた。

② 三号車にある隔離された電話ボックス内のテレホンカードの自動販売機をこじあけ、一〇〇〇円札すべてをとってポケットにいれた。

③ 右現金を自動販売機にいれて、テレホンカードを次々ととった。

④ いれたお金をすべて抜き取った。

本件についても同時に考え、起訴された六五、〇〇〇円の窃盗罪が成立することは明らかだが、テレホンカードについては無罪である。

五、犯罪事実第六記載の行為に関する主張

行為の経過は、次の通りである。

① 二号車に席をとった。

② 三号車にある隔離された電話ボックス内のテレホンカード自動販売機をこじあけ、一〇〇〇円札で七九〇〇〇円を取得した。

③ 右現金を五枚、テレホンカードに入れ、カード五枚をひきだし取得した。

④ 入れた五枚の一〇〇〇円札を取得した。

⑤ 二号車の二〇番Aの席に戻って、しばらくいた。

⑥ しばらくして、三号車の洗面台に行って、取得したお金を数え保管した。

⑦ その直後①の自動販売機の前蓋が外れていないかどうかを確かめるため、その場所へいった。そこで、もう一度欲が出た。

⑧ 取得した一〇〇〇円札を一六回自動販売機にいれて、カードを一五枚次々に取得した。

⑨ 入れたお金をすべて取得した。

以上の行為を前提として考える。②の段階で、現金七九、〇〇〇円の窃盗罪が成立する。③は②の不可罰的事後行為である。④で五〇〇〇円の窃盗罪が成立する。⑧は、②の不可罰的事後行為である。⑨で一六〇〇〇円の窃盗罪が成立する。

本件では、起訴された金七九〇〇〇円の窃盗罪が成立するのは明らかであるが、テレホンカードについては窃盗罪は成立せず無罪である。

第二、情状

第一の理論上の問題はあるものの、被告人は本件について全体として真面目に反省している。

出所後の就労先も確保されている。この点、前科を構成する刑事裁判中及びその後の被告人の行為を捉えて、信用できないと断定するのは、あさはかである。多くの場合、数回の刑事事件を経て、ことの重大さを悟り、更生していく被告人が数多くいることを忘れることはできない。

本件においては、原判決のままであるなら、二年六月と前科の一年の刑が加算されて、三年六月の収容生活となる。全体としてみるならば、被害弁償ができていないことを考慮するとしても、あまりにも長すぎると言わざるを得ない。

本件は、平成五年九月以降無職となった被告人が生活費を稼ぐために行った犯罪である。被告人のそれ以前の経歴をみても、就労能力と就労意欲がないものと見ることはとうていできない。

むしろ、本件は、被告人の一過性の過ちであるとみる方が自然である。

以上の通りであるから、被告人にもう少し軽い量刑を望むものである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例